表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬を読んだ

若林正恭さんの著書『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』を読んだ。キューバへのひとり旅エッセイ。2017年に刊行された同タイトルの単行本に、「モンゴル」「アイスランド」「あとがき コロナ後の東京」の書き下ろしを加えて2020年に刊行された文庫本。

 

まず、芸人って面白い文章を書くよなーと思った。又吉直樹さんをはじめとする数々の芸人の本が高い評価を得ているイメージがある。構成とか言葉選びとかが面白い。そういうところはネタを書く時にも気にかけるから活かされているのだろう。若林さんの文章の上手さは本が好きというのも関係しているのだろうけど、いくら本が好きでも書くことが好きでも、内容の面白さには直結しない。ではなぜ面白い文章が書けるのか。若林さんは、ラジオパーソナリティやバラエティ番組のMCをこなせるほど人のことをよく見ているし、会話が上手い。芸人として培ってきた観察眼やものごとを見る角度、話の組み立て方などのいろんな力、笑いに至るまでの道のりが、執筆に活きているんだろうと思う。面白くてすらすらと読めた。筆者は本を介して読者と会話することはできないけど、それでも読者を引き込める若林さんは言葉の使い手としてもプロなんだなー。

 

この本はただの紀行文ではない。若林さんがひとり海外旅行を通して、いろんなものに気付いて、人として前に進んでいく様が伺える。悩みながら生きる姿に私はすごく救われた。

また、外国と日本をよく比較している。たとえばキューバには、「血が通った関係」があると若林さんはいう。ただ他愛もない話をする、ただ楽器を演奏する、ただ人と一緒にいる。そういう人たちを見てきたようだ。その「血が通った関係」はきっと利益にはならなくても、感情を生む。どんな国の人間でも、感情は捨てるべきものではない。感情が人生を豊かにするであろうことは容易に想像ができる。しかし、この国はどうだろう。この国にも便利だとか平和だとか綺麗だとか良い面があるのは確かだ。でも私は今の日本に、がんじがらめでよくわからないままものすごい速さでものごとが進んで感情や思考が置いてけぼりになる感覚がある。この本を読みながら、その感覚への違和感がより強くなった。だから若林さんは、単純に日本が嫌になったから逃亡するように海外旅行に行ったのかと思っていたが、読み進めていくとそうではないことがわかる。いや、それもあるんだけど主軸はそこじゃなくて、日本で生きるために、日本を見るために、そして家族とか幸せとか人にとって普遍的なものの輪郭を捉えるために行ったんだろうと感じた。

私も海外旅行に行きたい。生まれてこの方日本から出たことのない私が海外に行ったら、何を見て何を感じるだろうか。でも、このご時世に旅行しかも海外旅行など、容易に行けるものではない。本当に心が枯渇しそうな時代だ。外に向かって動くことにどれほど価値のあるか、よくわかる(そこに気付けたという点ではこの時代を生きることができてすごーーーくありがたい)。

それから、あとがきが良かった。え、これがあとがき?と思うくらい濃くて深くてリアルで、共感した。あとがきと本編とが互いに良い影響を与えていて、とても味わい深い。

ちなみに解説はCreepy NutsのDJ松永さん。これは、解説というよりラブレターではないか。第三者が読んでいいのか躊躇うくらいの愛が感じられる。若林さんは、自分の弱さをそのままさらけ出せる強さを持っている。その人間らしい姿が人を救うのだろう。

若林さんの芸人ならではのコミカルな文才と、人としての生き様を見ることができる、最高の本だった。